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歯科院内感染のホント

【第1回】「歯科の駆け込み寺」~ 斎藤先生がこっそり教える 歯医者のホント

■歯科でHIVに感染?

 実際、歯科医院での院内感染がいかに怖いかを知らしめる事件もアメリカで起きている。全米を震撼させたキンバリー事件である。

 1991年9月、アメリカ連邦議会の公聴会でキンバリー・バーガリスという車いすに乗った23歳の女性が証言した。性交渉や薬物使用による注射器の使い回しといった原因がまったくないのにウイルスのHIVに感染し、エイズを発症したと訴えたのだ。キンバリーさんは公聴会の3ヵ月後、亡くなった。彼女はその4年前にデイビット・アーサー歯科医師が経営する歯科医院で治療を受けていた。

 アーサー歯科医師はエイズを発症し、すでに1990年9月に死亡。この歯科医師がキンバリーさんに故意にHIVをうつしたと、当初は見られていた。HIVは比較的、感染力の弱いウイルスで、院内感染ではうつりにくいと考えられたからだ。

 だが、その後、この歯科医院で治療を受け、HIVに感染した患者が他にも5人いることが判明。6人の患者に故意にHIVを感染させることは現実的には難しいと、疑問の声が出始めた。そして現在、有力となっているのは、医療器具の使い回しによる院内感染という説だ。

 2013年にはオクラホマ州の歯科医院で治療を受けた患者がHIVとC型肝炎ウイルスに感染していたことが判明。これも医療器具の使い回しが原因だった。

 日本でも医療器具の使い回しが俎上に上がったことがある。歯を削る器具「ハンドピース」を7割の歯科医師が使い回していると、全国紙が報じたのだ。2014年6月のことである。その3年後の記事では「半数が使い回し」と、数字が改善されたが、いずれにしても、この記事が事実なら、歯科医療界は院内感染対策に真剣に取り組んでいないことになってしまう。これでは、治療を受ける側も不安このうえない。

 だが、ここには「使い回し」という言葉による誤解がある。実際は、患者に使ったハンドピースをそのまま別の患者に使うことはまずありえない。

 推奨されているのは、使ったハンドピースを消毒液等で洗浄したあと、高圧蒸気滅菌器に入れて120度の温度で滅菌させるやり方だ。しかし、この方法だと、ハンドピースの傷みが早いので、消毒だけで済ます歯科医師が少なくない。また、ハンドピースのドリルだけ交換して、持ち手の部分は交換しないという歯科医師も多い。こうしたケースがすべて使い回しに計上されているので、7割とか半数という数字になってしまうのである。

 

■手洗いが一番効果的な感染対策

 つまり、患者の側としては、報道をそのまま鵜呑みにして、神経質になりすぎるのも考えものなのだ。それで院内感染対策がなっていないと決めつける必要はないだろう。斎藤歯科医師が院内感染対策で、もっとも重視しているのはとてもシンプルなことだ。

「院内感染を防ぐために一番大切なのは手洗い。これは自信をもって言えます。私の父は医者だったのですが、私が歯医者の道に進むことになった際、口を酸っぱくするほど、繰り返し言われたのが消毒の重要さ。その基本となるのが手洗いなのです」

 

 斎藤歯科医師の手洗いの仕方は念入りだ。消毒液を使い、指の間、手の甲、指先、手首をこれでもかというほど、しつこくこすり合わせるように洗う。これを患者ごとに行うのだ。つまり、1日最低でも患者の人数分は手洗いを繰り返すのである。

「従業員にも手洗いを徹底させています。これだけでも、ずいぶん院内感染は防げるはずです」

 斎藤歯科医師が手洗いに用いているのは医療用医薬品の消毒薬だが、新型コロナウイルスに対しては巷でよく使われているアルコール消毒液も有効だ。新型コロナはエンベロープと呼ばれるタイプのウイルス。エンベロープはほとんど脂質でできていて、アルコールによってダメージを受けやすいのである。インフルエンザウイルスもエンベロープなので、アルコール消毒薬で手洗いするのは予防の観点からは非常に効果があるのだ。

「病院で新型コロナに感染するケースが報告されていますが、歯科医院では近年、院内感染対策に力を入れているところが増えています。いろいろな面で批判を受けやすい歯科医療界ですが、院内感染対策に限っては信頼してもらっていいのではないでしょうか」

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『歯医者のホントの話』 斎藤正人/田中幾太郎

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斎藤 正人

さいとう まさと

サイトウ歯科医院

院長

1953年東京都生まれ。神奈川歯科大学大学院卒。極力、歯を抜かずに残す治療を心がけ、「抜かない歯医者」を標榜する。一昨年9月『この歯医者がヤバい』(幻冬舎新書)を上梓。


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